士官の恋文

サクラソウ

かなり前のことですが、結婚するはずだったお相手を南方戦線で亡くされたご年配の女性にお会いしたことがあります。

一回り以上も年の離れた、親同士の決めた許婚(いいなずけ)。

士官として九州の基地に長くおられ、その後戦地に赴いたお相手から届くハガキや手紙の内容はどれも仲間やその日のことばかりで、まだ10代半ばになるかならないかのお年頃だったその女性には少し寂しい気がしたそうです。

戦地に赴いた辺りから手紙も途絶えがちになり、終戦を迎える少し前に彼が亡くなったことを知らされます。

終戦後には結婚して結ばれることはわかっていても、若い時代特有のときめくような恋文をもらったことがなかったことだけが戦地に赴く彼に対して唯一の心残りだったそうです。

そうして、待った甲斐なく届いたのは戦死の報せでした。

別の男性とお見合い結婚し、3人のお子さんにも恵まれ何不自由ない暮らしをしてこられたそうです。

親の決めた結婚でしかたら、戦地で亡くなったお相手に対する想いもさほど募らなかったことが早くに喪失の傷が癒えた理由だろうとおっしゃいます。

ところが、その女性も晩年にさしかかり身辺を整理しようとしたときのこと。

結婚後はずっと開かずにおいた古ぼけた箱にまとまった手紙やハガキの束を見つけます。

そして、何気なくそれらを上から眺めてふと、今まで一度も気づかなかったあることに目がいきます。

几帳面な性格の士官が綴った手紙はすべてが規則正しく配列されており、その上部もきちんとそろっていたそうです。

すると、どのハガキ、手紙にも行の一番上の文字を右から読むと一つの文章になっていることに初めて気づかれたのでした。

「○○さんあいしている」「○○のかおをあきるほどながめていたい」「あってだきしめたい○○さん」・・・

蝶二匹とカミツレ

すべてにその女性に対する想いが記されていたのでした。

自由に想いを綴ることが立場的にはできなかったからなのでしょうか。

恥ずかしさも手伝ったのかもしれません。

すべては、故人のみが知ることです。

それを知ったその女性は改めて遠き時代にもう一度戻されたかのように早逝したお相手を想います。

まるで初恋のように、ところどころがすり切れた手紙やはがきの束を抱え、指でその一番上の文字だけを右から左へなぞっては胸をときめかせ亡き許婚を想う。

ご主人も先立たれ、お子さんもそれぞのご家族を持ち社会の中軸となるお年頃。

「この年齢でしたら、もう誰を想っても許されるでしょう?」とくすっと笑った表情がまるで少女のようでした。

今の時代からは想像するのが少し難しいかもしれません。

想いを自由に述べたり、伝えあったりすることに制限のかかる立場や時代があったこと。

私たちは、どれだけ恵まれた時代に生きているのでしょうね。

パートナー、夫や妻、誰であれ好きな相手に思い切り、好きだとその思いの丈や相手の大切さを伝えることができるのですから・・。

出会いから数年後にお亡くなりになった女性の棺にはかつての士官から送られた手紙の束が添えられたそうです。

すり切れた “秘めた恋文” は亡くなる日まで肌身離さず、彼女が枕元に置いた唯一のものでした。

 

投稿者プロフィール

小松万佐子くれたけ心理相談室(安曇野支部)心理カウンセラー
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