罪悪感

8月の太陽と雲

 

この季節だったと思います。

会社勤めだった頃

同僚が見つけた新聞の特集でした。

 

何新聞だったのか

また、正式な特集の名前は

忘れてしまいましたが

”これまで自分がした過ちで
忘れられないこと”

といったニュアンスの

内容について

読者の投稿を

特集記事にしたものだったと

記憶しています。

 

それを読んでいた同僚が

むっとした顔である記事を

指さしてきました。

 

ご年配の方の投稿で

戦争中のことが

書かれていました。

 

あまりにもひもじい思いをし

他人様のお宅に忍び込んで

貴重な食糧を盗んで

食べてしまった・・

といった内容の告白でした。

 

「こんなことで罪だと
言われちゃうと、私なんか
生きてられないくらい
いろんなことしてるんだけど」

と苦笑しながら言いました。

 

私を含め

その場にいた何名もが

その投稿を読むなり

同じような気持ちに

なったものです。

 

人によって

何かをやらかしている

というのは意図的

あるいは無意識であれ

記憶のどこかには

あるものなのでしょう。

 

ご本人にとっては

罪悪感となり

ご高齢になられるまで

心のどこかに

まるで澱のように蓄積し

苦しめられてきたのですから

他者がどうこう

わかったようなことを

言うことはできません。

 

けれども

今日一日を

生き抜くことに

必死な時代背景を鑑みても

その方に限らずあちこちで

行われていたことに

違いないと推察できます。

 

それをあえて「罪を告白」

といった具合に書かれると

もっといろいろやんちゃを

やらかしている私は

どうしたらいいのよ

というニュアンスが

同僚のもらした苦笑でした。

 

私を含め、人は

自分が意識している

していないに関係なく

誰かしらを傷つけたり

大小に関わらず

いわゆる悪と言われる

何かしらの行動をした

経験を持っているものだと

思います。

 

それが胸にいつまでも

残っているからこそ

二度と同じようなことは

したくないと

どこかで誓って

行動の規範にして

成長してきていることも

あるのかもしれません。

 

真っ青な空のように

何一つ穢れなく

どこまでも清んだ

美しい心でありたいと

心底願っても

生きている限り

さまざまな環境の中で

陰や負といわれるような

感情や体験と向き合うことは

少なからず

誰にでもあること

なのではないでしょうか。

 

人間的な弱点のない人

そんな人はこの世に

いないと私は思っています。

 

誰にでも陰と陽の要素は

存在し

その両者のどちらを

使うのかで

常に心がせめぎあうのが

人間なのではないかな・・と。

 

暗さや弱さがあっても

それらを抱きつつ

それでも輝く力を持つのが

人間なのでしょうから。

 

どんな姿であっても

目をそらさず

純粋に自分自身を見つめ

受け入れていくのであれば

人は輝きを失うことは

ないんじゃないかな。

そんな風にも思います。

 

ちょうど、日中

運転しながら

見上げた空を眺めたら

雲を蹴散らし

力強く輝く太陽に

惹かれてしまいました。

 

黒点があっても輝く太陽。

まるで、私たち人間の姿を

そのまま見ているようです。

関連ブログ 「ちいさな野の花」

投稿者プロフィール

小松万佐子くれたけ心理相談室(安曇野支部)心理カウンセラー
今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
皆さまが柔らかな心で一日過ごせますように。
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