ほんとうのおくりもの

ドイツのクリスマス 灯りのともる家 サイズ変更

もう何十年も前のことです。

世界中の子どもたちがわくわくしながら眠りにつく12月24日の晩は、我が家にとってもなにより心が躍る夜でした。
サンタを信じていた時分はもちろん、サンタは両親なのだとわかってからも25日の朝が楽しみで楽しみで弟とプレゼントの中身を予測しあったりして眠りについたものです。

翌朝目覚めると、それぞれの枕元には毎年かならず大きな段ボール箱が1つずつ置かれていました。
段ボールのふたには大きく書かれた Merry Christmas の英文字、その脇にはやはり毎年のように黒いマジックで少しばかりお説教じみた両親からのメッセージがところ狭しと並んでいるのでした。

私と弟は中に詰められているプレゼントの数々に夢中で、おたがいに見せ合ってはおおはしゃぎしたものです。欲しかったものを贈られものすごくうれしかったり、ドキドキしながら開けた包みから出てきたものが願ったものとは異なり「あれ?」と首をかしげたり。パジャマ姿のまま、ずいぶんと長いこと目の前に並ぶさまざまなプレゼントに一喜一憂するのがクリスマスの朝でした。

朝食が終わり、新しい一日がはじまる時分にはプレゼントの詰まっていた段ボール箱はたたんで始末されてしまうのですが、そんなことすらあの時分は気にかけたことすらなかったかもしれません。

ところがいったいどうしたのでしょう。

ここ何年かクリスマスがやってくるたびにプレゼントの想い出として記憶がよみがえるのは、父がお店からもらってくる薄汚れたような大きな段ボールとそこに黒マジックで綴られた寄せ書きのようなメッセージのことばかり。

子ども心に「せっかく素敵な包みやリボンで飾られたプレゼントを便利だからとまとめて段ボール箱に入れるセンスはいかがなものか」とさえ思ったものです。
また、朝起きてすぐに目につくようにと、封に入れた手紙やカードではなく段ボールのふたにメッセージを書かれることもあまり好きではありませんでした。

それなのに、あのころ私たちの胸をわくわくさせた華やかな包み紙やリボン、そしてなにより欲しくてしかたのなかったはずのたくさんのプレゼントは今となってはどれ一つハッキリ思い出せません。

あるときふと気づく覚えていないようで、ちゃんと心のひだの奥にしまわれている記憶。
大切なものほどすぐ目の前にあるときには見えにくく、また気づきにくいものなのかもしれません。

クリスマスの時季になるとなぜか思い出す、あの毎年の段ボール箱とメッセージは歳月を経てもずっとずっと心に刻まれている両親からの「ほんとうの」クリスマスプレゼントでした。

投稿者プロフィール

小松万佐子くれたけ心理相談室(安曇野支部)心理カウンセラー
今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
皆さまが柔らかな心で一日過ごせますように。
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